GTM
【記事概要】 「全体地図」なき「個別攻撃」は失敗する。GTMとABMの正しい使い分け
BtoBマーケティングの現場で混同されがちな「GTM(Go-to-Market)」と「ABM(Account Based Marketing)」。本稿では、この二つを対立する概念ではなく、事業成長のために相互補完する「階層構造」として解説します。
GTMを「市場全体を攻略するための戦略(全体地図)」、ABMを「その中の重要顧客を確実に獲得するための戦術(狙い撃ち)」と定義し、両者の決定的な違いと、現場での実践的な組み合わせ方を紐解きます。
本記事で学べること:

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目次
BtoBマーケティングの世界に身を置いていると、毎年のように新しいアルファベット3文字の用語が飛び交います。会議室で「これからはABMだ」「いや、GTM戦略の見直しが先だ」といった議論が交わされるものの、それぞれの言葉が指す範囲や定義が、参加者の間で微妙にズレていると感じたことはないでしょうか。
たとえば、日本全国にラーメンチェーンを展開しようとする場面を想像してみてください。「どのエリアに出店し、どんな価格帯で、ファミリー層とビジネスマンのどちらを狙うか」を決めるのがGTM(Go To Market)です。一方で、「この駅ビルの一等地にあるテナントだけは何としても契約したい」と狙いを定め、ビルのオーナーに個別の提案書や試食会を持ちかけて口説き落とすのがABM(Account Based Marketing)のアプローチです。
この二つは、並列に比較されるものではなく、視点の高さと役割が異なります。本記事では、曖昧になりがちなGTMとABMの違いを整理し、それぞれの役割と、現場でどう組み合わせるべきかについて解説します。単なる言葉の定義ではなく、事業成長のためにどう使いこなすかという視点で読み進めてください。

まずはGTMについて掘り下げていきます。GTMとは「Go To Market」の略称で、日本語では「市場投入戦略」や「市場攻略戦略」と訳されることが多い概念です。
端的に言えば、ビジネス全体として「どこで、誰に、何を、どうやって届けるか」を決める「全体作戦図」のことです。特定の顧客をどう攻略するかという話の前に、そもそも自分たちはどの戦場で戦うのかを定義する、極めて上位の概念と言えます。
GTM(Go-to-Market)戦略について詳しく知りたい方は以下の記事にて紹介しています。
GTM(Go To Market)とは?BtoBビジネスの成否を握る「市場攻略の設計図」を徹底解説

GTM戦略を策定する際、一般的に以下の4つの要素を組み合わせて設計します。
一つ目は「市場とターゲット」です。どの業界、どの規模、どのエリアの企業を狙うのか。あるいは、どのような課題を抱えている層をターゲットとするのか。ここがブレると、後のすべてが噛み合わなくなります。たとえば、従業員数100名から500名規模のSaaS企業を狙うのか、それとも大企業の製造業を狙うのかによって、戦い方はまるで変わります。
二つ目は「プロダクトと提供価値」です。そのターゲットに対して、自社のプロダクトはどのような価値を提供するのか。競合他社と比べてどのようなポジショニングを取るのか。単に機能の良さを並べるのではなく、顧客にとっての「解決策」としての価値を定義します。
三つ目は「チャネル戦略」です。定義した価値を、どのような経路で届けるか。Web広告やSEOといったインバウンド施策中心でいくのか、展示会やテレアポなどのアウトバウンドを組み合わせるのか、あるいは代理店パートナーと組んで販売網を広げるのか。商材の単価や特性に合わせて最適なルートを選びます。
四つ目は「価格とパッケージ」です。サブスクリプションモデルなのか、売り切りなのか。エントリープランを用意して裾野を広げるのか、ハイエンド向けに絞るのか。収益モデルの設計もGTMの重要な一部です。
これらすべてを整合性を持って組み合わせ、ビジネスを立ち上げ、スケールさせるための設計図を描くこと。それがGTMの正体です。
GTMはマーケティング部門だけで完結する話ではありません。経営層、事業責任者、プロダクト開発のリーダー、営業責任者、そしてマーケティング責任者が一堂に会し、事業全体の方向性を合意する必要があります。
もし、プロダクト側が「中小企業向けの使いやすさ」を追求しているのに、営業側が「大企業向けに高単価で売りたい」と考えていれば、GTM戦略は破綻しています。組織全体で同じ地図を持つことが、GTMにおいては何よりも重要です。
次にABMです。ABMは「Account Based Marketing」の略で、文字通り「アカウント(企業)」を基点にしたマーケティング手法を指します。
GTMが「市場全体」を面で捉えるのに対し、ABMはその中から「特に重要な特定の企業」を抽出し、点、あるいは個別の線で攻略するアプローチです。マスに向けて広く網を投げるのではなく、銛(モリ)を持って特定の獲物を狙いに行く漁のようなものだとイメージすると分かりやすいかもしれません。
ABMの最大の特徴は、ターゲットを属性(セグメント)ではなく、具体的な「企業名」で特定することにあります。「SaaS業界のマーケティング部門」といったざっくりした定義ではなく、「株式会社A」「株式会社B」「株式会社C」というように、攻略したい企業をリストアップします。これをターゲットアカウントリスト(TAL)と呼びます。
なぜわざわざ企業を指名するのでしょうか。それは、BtoBビジネスにおいて、すべてのお客様が同じ利益をもたらすわけではないからです。パレートの法則のように、売上の8割を2割の優良顧客が生み出す構造は珍しくありません。であれば、その「上位2割になりうる企業」にリソースを集中投下したほうが、効率よく売上を最大化できるはずです。これがABMの基本的な考え方です。

ターゲット企業が決まったら、次はその企業をどう攻略するかを考えます。ここでも「一斉配信」のアプローチはとりません。
その企業の決裁者は誰か、現場のキーマンは誰か、現在どのような経営課題を抱えているかを入念にリサーチします。そのうえで、その1社の、その1人のためにパーソナライズされたメッセージやコンテンツを届けます。
たとえば、ある大手製造業をターゲットにする場合、単なる製品カタログを送るのではなく、その企業の業界動向や競合状況を踏まえた「貴社専用の改善提案書」を作成して送付するかもしれません。あるいは、その企業の役員だけを招待する特別なラウンドテーブル(少人数の意見交換会)を開催するかもしれません。
このように、営業とマーケティングが連携し、指名した企業を一社一社丁寧に攻略していくのがABMのスタイルです。
ここまで見てきたように、GTMとABMは対立する概念ではありません。むしろ、包含関係にあると言えます。

GTMは「戦略」であり、ビジネス全体の設計図です。どの山に登るかを決めるようなものです。対してABMは、その山を登るための数あるルートや登り方の一つ、「戦術」や「スタイル」に近い位置づけになります。
GTMは、事業のフェーズを変えるような大きな意思決定を伴います。新規事業の立ち上げ時や、既存事業が頭打ちになり市場やチャネルを根本から見直す時などに策定・再策定されます。
一方、ABMは、GTMで定めた大きな枠組みの中で実行される具体的な施策の一つです。「市場全体(GTMの範囲)」の中から「ハイバリューな企業群」を切り出し、そこに対して「ABMという手法」を適用する、という構造になります。
GTMでは、ターゲットを「セグメント」で捉えます。「従業員1,000名以上の製造業」「情シス部門」といった粒度です。
ABMでは、ターゲットを「固有名詞」で捉えます。「〇〇工業の△△事業部」「××商事の□□部長」といった粒度まで解像度を高めます。
この解像度の違いが、日々の活動内容の違いに直結します。GTM視点では「リード獲得数」や「CPA(獲得単価)」といった全体の数字を追うことが多いですが、ABM視点では「ターゲット企業A社との接点ができたか」「B社のキーマンと商談できたか」といった、個別の進捗を重視することになります。
ここまで読むと、「なるほど、大口顧客を狙い撃ちするABMこそが正解なのだな」と感じるかもしれません。しかし、現場の実態はそう単純ではありません。ここでは少し視点を変えて、ABM導入に際して多くの企業が直面する「壁」や、批判的な観点についても触れておきたいと思います。
あるBtoB企業のマーケティングマネージャーの事例をお話ししましょう。彼は「これからはABMだ」というトレンドに感化され、高価なABMツールを導入し、営業部門にターゲットリストを渡しました。「このリストの企業はLTV(顧客生涯価値)が高いはずだから、重点的に攻めてくれ」と号令をかけたのです。
しかし、半年経っても成果は出ませんでした。なぜでしょうか。
最大の要因は、営業現場との連携不足でした。マーケティング側がデータだけで弾き出した「狙いたい企業リスト」と、営業現場が肌感覚で持っている「落とせそうな企業」には、大きな乖離があったのです。
営業担当者からすれば、「確かにその大手企業は契約できれば大きいけれど、すでに競合ががっちり入り込んでいて入り込む余地がない」「決裁ルートが複雑すぎて、今の我々の営業リソースでは攻略に何年もかかる」といった事情があります。それを無視して「リストの上から順にアプローチしろ」と指示されても、現場は疲弊するだけです。
ABMは「Marketing」という言葉がついていますが、実態は「営業活動の支援」に近いです。営業部門が「喉から手が出るほど欲しい」と思えるリストを共に作り、営業が動きやすいような援護射撃(情報提供や接点作り)を行わなければ、単なる「押し付けられたリスト」になってしまいます。
また、「インテントデータ(興味関心データ)」などのテクノロジーを過信しすぎるケースも見られます。「A社がウチの競合製品について検索しているぞ!今すぐ電話だ!」と意気込んでも、実際に電話をかけてみれば「ただの市場調査で調べていただけ」ということも多々あります。
データはあくまで兆候にすぎません。その裏にある文脈を読み解き、適切な仮説を立ててアプローチする人間力や企画力がなければ、ツールは宝の持ち腐れになります。「ABMツールを入れれば勝手に売上が上がる」という魔法は存在しません。
もっとも危険なのは、GTM(全体戦略)が曖昧なまま、ABM(戦術)に飛びついてしまうことです。自社のプロダクトが誰にどんな価値を提供するのか、市場の中での立ち位置が定まっていない状態で、「とりあえず大手を狙おう」とABMを始めても、刺さるメッセージは作れません。
「誰にでも売れるもの」は、結局「誰にも売れない」のです。特に大企業への提案では、汎用的な訴求は即座に見透かされます。ABMを成功させるためには、その前提として、強固なGTM戦略が必要不可欠なのです。
では、GTMとABMをどのように組み合わせて運用すればよいのでしょうか。成功している企業の多くは、次のようなステップで全体を設計しています。
まずはGTMです。自社のリソースや強みを客観的に分析し、どの市場セグメントで戦うかを決めます。ここで重要なのは「捨てること」です。すべての顧客を相手にするのではなく、「自分たちが最も価値を提供でき、かつ収益性が高い領域」を定義します。
GTMで定めた市場の中にいる顧客を、ポテンシャルや重要度に応じて階層化(ティアリング)します。

ここで初めてABMが登場します。すべての顧客にABMを行う必要はありません。コストとリターンのバランスを考え、戦術を使い分けます。
このように、GTMという大きな地図の中に、ABMという特攻隊を配置する場所と、通常の部隊を配置する場所を書き込んでいくイメージです。

市場は常に変化します。ABMで特定の企業を深掘りしていく中で、「想定していた課題とは違うニーズがあることが分かった」「この業界には意外と刺さらないことが分かった」といった深い一次情報が得られるはずです。
この気づきを、GTM(全体戦略)にフィードバックします。「ターゲットセグメントを少し修正しよう」「提供価値のメッセージを変えよう」といった具合に、戦略自体をアップデートしていくのです。ABMは、市場の最前線で得られる高解像度な情報を、全体戦略に還流させるためのセンサーのような役割も果たします。
GTMとABMは、どちらかを選ぶものではありません。ビジネスを成長させるためには、両方の視点が必要です。
GTMは、ビジネス全体の「どこで、どんな価値で、どう戦うか」を決める市場戦略の設計図です。これがなければ、組織はバラバラの方向に走ってしまいます。
ABMは、その戦略の中で「特定の重要アカウントを、営業とマーケティングが連携して確実に落としにいく」ための戦い方のスタイル・戦術です。これがなければ、重要な顧客を取りこぼしてしまうかもしれません。
もしあなたが今、「ABMを導入すべきか」と迷っているなら、一度立ち止まって考えてみてください。「私たちのGTM(全体地図)は明確になっているだろうか?」と。地図がないまま、高性能な武器(ABM)だけを手にしても、どこへ向かえばいいのか分からなくなってしまいます。
まずは広げた地図の上で、自分たちの勝ち筋を確認する。その上で、攻略難易度が高いけれど実りも大きい「重要な城」に対して、ABMという攻め方を選択する。この順序と全体像を意識することが、BtoBマーケティングを成功させるための第一歩となるはずです。
もし自社だけでこの全体設計を描くのが難しいと感じたら、まずは営業とマーケティングの責任者で「私たちが本当に狙いたい顧客は誰か?」「その顧客に、私たちはどんな価値を約束できるか?」というシンプルな問いから議論を始めてみてはいかがでしょうか。そこから、あなただけのGTMとABMの形が見えてくるはずです。
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