BtoBマーケティング
Buying Group Marketing
BtoBの複雑な購買プロセスにおいて、担当者個人のリードを獲得するだけでは受注に至りません。決裁者、現場ユーザー、IT部門など、複数の関与者からなる「購買グループ」全体を動かす必要があります。本記事では、役割ごとに異なる情報ニーズを整理し、適切なタイミングで適切なメッセージを届けるためのコンテンツマッピング手法を解説します。現場の生々しい失敗事例やよくある懸念への回答を交え、すぐに使えるテンプレートの活用法を詳しく紐解いていきます。

目次
リードは順調に獲得できているのに、有効な商談が増えない。あるいは、商談の終盤まで進んだのに、突然見知らぬ役員や別部門の担当者から横槍が入って失注してしまう。BtoBマーケティングや営業の現場で、こうした悩みに直面している方は多いのではないでしょうか。
ペルソナという言葉がマーケティングの世界に定着して久しいですが、たった1人の理想的な顧客像を深く掘り下げるだけでは、現代のBtoB購買プロセスを前に進めることは困難になっています。企業間取引において、1人の担当者が単独で数百万、数千万の投資を決定することはほぼありません。そこには必ず、複数の人間が絡み合う複雑な意思決定のネットワークが存在しています。
担当者ひとりの心を動かすことはスタートラインに過ぎず、本当に必要なのは、その背後にいる見えない関与者たちの合意を形成することです。それぞれの関与者が持つ独自の懸念や期待に応える情報を、適切なタイミングで提供しなければ、稟議のハンコが揃うことはありません。
そこで重要になるのが、購買決定に関わる人たちをひとつのグループとして捉え、彼らの情報ニーズを立体的に整理するアプローチです。これが本記事のテーマである「購買グループ」という概念と、それを攻略するためのコンテンツマッピングです。
本記事では、BtoB特有の複雑な合意形成プロセスを紐解きながら、購買グループ全体を網羅的に支援するコンテンツマッピングの考え方と、現場ですぐに実践できるテンプレートの構造を解説していきます。
BtoBマーケティングにおける最大の落とし穴は、目の前の担当者だけを見てコミュニケーションを設計してしまうことにあります。企業の購買プロセスは年々長期化しており、関与する人数も増加傾向にあります。調査によっては、ひとつのBtoB購買決定に平均して6人から10人以上が関わるとも言われています。
この関与者の集まりを「購買グループ(Buying Group)」と呼びます。彼らは同じ組織に属していながら、見ている景色も、システム導入に求める価値もまったく異なります。現場の業務効率化を求める担当者がいれば、コスト削減と投資対効果にしか興味のない決裁者がおり、さらにはセキュリティリスクを厳しく審査するIT部門の担当者もいます。
従来のマーケティング手法は、このうち最もコンタクトを取りやすい「情報収集を担当する現場の担当者」に向けて、いかに魅力的でお役立ち度の高いコンテンツを届けるかに注力しがちでした。しかし、どれだけその担当者が製品のファンになってくれたとしても、他部門の冷密な論理を覆すことができなければ導入は実現しません。
マーケティング部門の役割は、単にリードを集めることから、購買グループ内の合意形成を支援し、摩擦を減らすことへとシフトしているのです。

ここで、あるBtoBマーケティング担当者の経験をご紹介します。組織全体を俯瞰することの重要性が見えてくるはずです。
あるSaaS企業でクラウド型契約書管理システムのマーケティングを担当していたチームは、ターゲットペルソナを「法務部門のマネージャー」に設定し、業務効率化やペーパーレス化のメリットを強く訴求するホワイトペーパーやウェビナーを次々と企画しました。
施策は当たり、法務担当者からのリードは大量に獲得できました。インサイドセールスの架電でも「毎月の契約書業務が本当に大変で、こういうシステムを探していたんです」と非常に良い感触を得られていました。マーケティングチームは目標達成を確信し、沸き立っていました。
しかし、フィールドセールスに案件が引き継がれ、いざ具体的な検討フェーズに入ると、案件が次々と停滞し始めました。
失注理由を探ると、法務担当者が自社の情報システム部門にシステム導入の相談をしたところ「既存の基幹システムとのデータ連携要件を満たしているか証明できない」とセキュリティ審査で突き返されたり、決裁者である担当役員から「現状の紙運用でも一応回っているのに、わざわざ新しいシステムに初期費用と月額コストをかける明確な投資対効果が見えない」と一蹴されたりしていたのです。
マーケティングチームが得た痛烈な気づきは、法務担当者の熱量をどれだけ高めても、彼らが社内の他部署を説得するための「武器」を持っていなければ、購買プロセスは決して前に進まないということでした。
法務担当者には業務効率化のノウハウが必要でしたが、それと同時に、役員を説得するためのROI算出シミュレーターや、情報システム部門を安心させるための詳細なセキュリティホワイトペーパーを用意し、担当者経由で渡してもらう導線が決定的に欠けていたのです。
この失敗談が示すように、特定のペルソナだけを向いたコンテンツ戦略は、どこかで必ず社内の壁にぶつかります。すべての関与者の懸念を先回りして潰す準備が求められているのです。

購買グループの存在を認識した次に必要となるのが、彼らに「誰に」「いつ」「何を」届けるかを整理する地図、すなわちコンテンツマッピングです。
コンテンツマッピングを作成する最大の理由は、情報のミスマッチを防ぐことにあります。例えば、製品を認知したばかりの初期段階の担当者に対して、極めて専門的で難解なAPIの仕様書を送っても読まれることはありません。逆に、導入を最終決定する直前のIT部門に対して、製品のふんわりとしたコンセプト動画を見せても何の判断材料にもなりません。
各役割が、購買プロセスのどの段階で、どのような疑問や不安を抱くのか。それを視覚的に整理し、社内のマーケティングチームと営業チームで共通認識を持つためのツールがコンテンツマッピングです。
これを構築することで、手持ちのコンテンツのどこに穴があるのかが浮き彫りになり、次に制作すべきコンテンツの優先順位が明確になります。思いつきでブログ記事や資料を作る状態から脱却し、購買プロセスの停滞を戦略的に解消していくことが可能になります。
では、実際にどのようにコンテンツマッピングのテンプレートを構築していくのか、その具体的な構造を解説します。マッピングは基本的に、縦軸に「購買グループの役割」、横軸に「購買プロセスのフェーズ」を取るマトリクス形式で作成します。
組織の規模や業種によって微差はありますが、一般的にBtoBの購買グループは以下の5つの役割で構成されます。

ターゲット企業が課題に気づいてから導入に至るまでのステップを横軸に配置します。

縦軸と横軸を掛け合わせたマトリクスの各セル(交点)に対して、以下の3つの要素を埋めていきます。
例えば、「ディシジョンメーカー」×「社内稟議フェーズ」のセルであれば、疑問は「この投資は本当に自社に利益をもたらすのか?」であり、コンテンツフォーマットは「他社の成功事例における具体的なROI実績レポート」や「役員向け1ページ要約資料」などが該当します。
このコンテンツマッピングの概念を社内に展開しようとすると、現場からはいくつかの現実的な反論や疑問が上がってくるはずです。ここでは、よくある3つの懸念と、それに対する実践的な落としどころを提示します。
現場からの最も多い悲鳴がこれです。5つの役割×5つのフェーズで25のセルができたとして、それぞれに複数パターンのコンテンツを用意しようとすれば、膨大な時間と予算が必要になります。
この懸念に対する現実的な回答は、すべてのマスを新規で均等に埋めようとするのは現実的ではない、という点に尽きます。まずは自社の過去の失注理由を分析し、「チャンピオンが社内説得で一番つまずいているボトルネックのポイント」に絞ってコンテンツを拡充するのが最も効果的です。
例えば、最終フェーズでのIT部門向けセキュリティ要件シートと、決裁者向けのROI算出シミュレーターという、たった2つのボトルネック解消コンテンツを作るだけでも、商談の通過率は目に見えて改善します。全網羅を目指すという完璧主義を捨て、点と点を結ぶ最低限のラインを見極めることが実務上の落としどころになります。

外部のベンダーであるマーケティング部門から、ターゲット企業の複雑な組織図や力関係を完全に把握し、それぞれの人物に直接コンテンツを届けることは極めて困難です。「IT部門の担当者に直接メールを送りたいが、リストに存在しない」といった事態は日常茶飯事です。
だからこそ、リードとして獲得できているチャンピオンを「自社の優秀な社内営業担当者」に仕立て上げるアプローチが有効になります。「社内でご検討いただく際、情報システム部門の方からよく聞かれるセキュリティの質問をまとめました。そのまま転送してお使いください」とチャンピオンに資料を託すのです。
相手の顔が直接見えなくても、パスを繋いでもらう設計にしておけば、自然と必要な人の手元に情報が届きます。個別の人物特定に固執しすぎるのは徒労に終わりがちであり、役割ベースで想定して武器を渡しておくのが妥当な線と言えます。
マーケティング部門だけで数ヶ月かけて完結させた美しく巨大なマトリクス表は、残念ながら営業現場では埃をかぶることになります。「こんな網羅的な資料一覧があるから、各自で適当に使って」と渡すだけでは、日々の業務に追われる営業担当者は動いてくれません。
これを防ぐためには、マッピングの作成段階から営業部門を巻き込むことが不可欠です。営業会議に参加し、「最近、失注した案件でネックになったのは誰のどんな反対意見でしたか?」「お客様からよく求められるのに、手元になくて困っている資料は何ですか?」と泥臭くヒアリングし、そこから逆算してマッピングを埋めていくプロセスを共有します。
現場の痛みを解決するツールとして設計し、営業のトークスクリプトやメールのテンプレートとセットで提供することで、初めてマッピングは生きた価値を生み出します。フレームワークを埋めること自体が目的化してしまうのは本末転倒であることに注意が必要です。

BtoBの購買プロセスは、もはや一人の担当者との一対一の対話ではありません。チャンピオンの熱意を支え、評価者の不安を取り除き、決裁者の論理を満たす。この多面的なアプローチを実現するための設計図が、購買グループを軸としたコンテンツマッピングです。
最初から完璧なマッピングを作る必要はありません。まずは自社の既存コンテンツを棚卸しし、どの役割のどのフェーズ向けの情報が手薄になっているか、現在地を把握することから始めてみてください。そこから見えてきた一番深い谷を埋めるコンテンツをひとつ作るだけで、営業現場からの反応は確実に変わるはずです。
本記事で解説したマッピングの構造を自社ですぐに実践できるよう、Excel形式で編集可能な「購買グループ向けコンテンツマッピング・テンプレート」をご用意しました。ぜひダウンロードして、マーケティングチームと営業チームの戦略会議でご活用ください。
Q1. 従来のペルソナ設計と購買グループマッピングの決定的な違いは何ですか?
従来のペルソナ設計が「1人の理想的な顧客像の心理変化」を深掘りするのに対し、購買グループマッピングは「組織内で立場の異なる複数の人間が、どのように影響し合いながら合意を形成していくか」という力学に焦点を当てる点が決定的に異なります。個人の感情だけでなく、組織の論理を組み込んだ設計図と言えます。
Q2. チャンピオン以外の関与者に、どうやってコンテンツを直接届ければよいですか?
展示会や名刺交換などで他部署の連絡先を取得できている場合は直接メール等でアプローチ可能ですが、多くの場合それは困難です。そのため、チャンピオンに対して「社内稟議用のお助けキット」として他部署向けの専門資料を一式渡し、彼ら経由で社内展開してもらうのが最も現実的で効果的な手法です。
Q3. コンテンツマッピングは一度作ったら完成ですか?
いいえ、マッピングは市場環境や製品のアップデートに伴って常に変化する生きたドキュメントです。半年に一度程度の頻度で営業部門からのフィードバックを受け、不足しているコンテンツや古くなった情報を更新していく継続的なメンテナンスが不可欠です。
Q4. マッピングの横軸である購買プロセスは、企業によって異なりますか?
大まかな流れ(課題認識から導入まで)は共通していますが、業種や扱う製品の単価によってフェーズの長さや複雑さは異なります。例えば、数千万円規模の基幹システムであれば、要件定義やセキュリティ評価のフェーズがより細分化されるため、自社の商材特性に合わせて横軸をカスタマイズすることが重要です。
Q5. リソースが限られている場合、どの役割向けのコンテンツを優先すべきですか?
まずは「商談が最もよくストップするポイント」に関わる役割向けのコンテンツを最優先すべきです。多くのBtoB企業において、それは「IT・セキュリティ評価者向けの技術資料」か「決裁者向けの費用対効果(ROI)証明資料」のいずれかになる傾向があります。
Q6. 導入後のカスタマーサクセス領域にもこのマッピングは応用できますか?
はい、非常によく応用できます。導入後も「ユーザーの定着化」「他部門への展開(エクスパンション)」「契約更新時の決裁者への価値証明」など、異なる役割に向けたコミュニケーションが必要になります。横軸を「オンボーディング」「活用促進」「更新」と置き換えることで、そのままカスタマーサクセスのコンテンツ設計図として活用できます。
ウルテクについて、もっと詳しく知りたい方へ