営業とマーケの「溝」とは_データで読み解く対立の正体

はじめに

「また、このリストか……」

朝一番、営業支援システム(SFA)に表示された新規リードの一覧を見て、営業マネージャーは静かにため息をつきました。マーケティング部門から共有された、いわゆる「ホットリード」。しかし、その実態は昨日も一昨日も見た光景と変わりません。役職や業種といった属性情報は揃っているものの、何度アプローチしても「今は情報収集の段階でして」という返答ばかり。手応えのない空振りが続き、現場の士気は少しずつ、しかし確実に削られていくのです。

一方、マーケティング部門のマネージャーもまた、別の種類のプレッシャーに苛まれていました。 「リード獲得数は目標の120%達成。ウェブサイトのトラフィックも過去最高です。でも、役員会で問われるのはいつも同じ言葉。『で、それがいくらの商談につながったんだ?』」

この風景は、決してあなたの会社だけの特殊な問題ではありません。むしろ、日本の、そして世界の企業における「標準的」な姿なのです。

データがそれを冷徹に裏付けています。日本のBtoB企業を対象とした調査では、営業とマーケティングの連携を「非常に良くできている」と評価したのは、わずか13.9%。実に8割以上の企業が、両部門の連携に課題を抱えていると回答しています(Sansan株式会社, 2023)。

海外に目を向けても状況は酷似しています。Forrester社の最新調査によれば、営業・マーケティング関係者の65%が「自社のリーダー間に連携不足がある」と認識しており、「完璧に連携できている」と胸を張れる企業が少数派であることは明らかです(Forrester, 2024)。

しかし、これは単なる「よくある悩み」で片付けてはいけない、経営の根幹に関わる問題です。なぜなら、この「溝」を埋めることができれば、計り知れない果実が手に入るからです。HubSpot社のグローバル調査は、衝撃的な事実を明らかにしました。営業とマーケティングが強固に連携(アラインメント)している企業の営業チームは、そうでない企業に比べて、営業目標を超過達成する確率が+103%高い、つまり2倍以上になるというのです(HubSpot Blog, 2024)。

この差は、部門間の「仲の良さ」といった情緒的なものではありません。では、一体何がこの根深い対立を生んでいるのか。

その正体は、個人のスキルや性格ではなく、見過ごされてきた組織の「設計」にあります。本記事では、この「手応えゼロ」と「成果が見えない」という悪循環のメカニズムを、国内外の最新データで構造を解き明かします。


営業の痛み:「手応えのないリスト」の正体

「数が多ければいいというものじゃないんだ」

営業現場で幾度となく繰り返されるこの言葉は、単なる愚痴ではありません。その奥には、無視できない構造的な「痛み」が潜んでいます。

痛みの根源(1):定義なき「品質」という言葉

現場のフラストレーションを、個人のスキルやモチベーションの問題に帰結させるのは、あまりに短絡的です。まず私たちが直視すべきは、マーケティングから渡されるリード情報の「粒度」と「定義」が、致命的に食い違っているという現実です。

2025年 1月13日にワンマーケティング株式会社が発表したBtoB企業の営業職・マーケティング職に従事するビジネスパーソン500名を対象に、「営業とマーケティングの連携」に関する実態調査は、営業部門の痛みを数字で克明に示しています。

  • 32.6% が「マーケティングリードの質の低さ」を課題として挙げる。
  • 25.6% が「マーケ部門と日常的なコミュニケーションができていない」と回答。
  • 24.7% が「システム連携ができていないためスピードが遅い」と指摘。

「質の低いリード」とは、突き詰めれば「営業が次の一手を打つための情報が欠落しているリード」のことです。顧客が「どのような課題を感じ」「いつ頃までに解決を望み」「社内の誰が最終的な意思決定者なのか」。こうした情報がなければ、どんな優秀な営業担当者も、闇雲に電話をかけ、紋切り型のメールを送るしかありません。これは、極めて生産性の低い、消耗するだけの作業です。

痛みの根-源(2):無視された「商談化率」という現実

次に受け入れなければならない現実は、多くの業界において、MQL(Marketing Qualified Lead)からSQL(Sales Qualified Lead)への転換率は、驚くほど高くないという事実です。

米国の調査会社First Page Sageのレポートによれば、B2B SaaS業界におけるMQLからSQLへの平均転換率は13%。これは、100件の「マーケティングが有望だと判断したリード」のうち、営業が「これは確かに商談に進める価値がある」と合意するのは、わずか13件しかないことを意味します。他の業界を含めても、この数字が1〜2割台というのが実勢です。

つまり、「問い合わせの件数が3倍になっても、商談の件数は3倍にはならない」。これが、私たちが議論を始めるべき偽らざるベースラインなのです。この現実から目を背け、マーケティングがリードの「総量」だけを追求し、営業が「すべてのリード」を同じ熱量で追いかける運用を続ける限り、現場の空振りと疲弊は決してなくなりません。

マーケの痛み:「成果が見えない」暗いトンネル

「トラフィックは過去最高。リードも目標の120%達成。なのになぜ、評価されないんだ…」

マーケティング部門が直面するこの痛みは、単に「営業とのすれ違い」だけが原因ではありません。より大きな構造変化の波に晒されているのです。

痛みの根源(1):高まる「ROI可視化」への圧力

一つ目の背景は、マーケティング予算に対するROI(投資対効果)可視化への、かつてないほどの圧力です。ウォール・ストリート・ジャーナルが報じたGartner社の調査によれば、2024年のグローバル企業におけるマーケティング費用は、売上比で平均7.7%というパンデミック後最低の水準にまで落ち込んでいます。

限られた予算の中で、マーケティング部門はその活動の一つひとつが「いかにして売上に貢献したか」を、これまで以上に厳しく、そして定量的に説明することを求められています。「ブランディングに貢献した」「エンゲージメントが高まった」といった定性的な報告だけでは、予算の維持すら困難な時代に突入しているのです。

痛みの根源(2):複雑化する「貢献度」の証明

一方で、そのROIを可視化する作業は、年々困難を極めています。顧客の購買ジャーニーは、もはや綺麗なファネル構造では説明できません。SNS広告で製品を知り、ウェビナーに参加し、第三者のレビューサイトを読み込み、同僚に相談し、最後に指名検索で公式サイトから問い合わせる…。顧客の経路は、このように複雑で非線形的です。

Content Marketing Instituteの2024年の調査では、B2Bマーケターの実に56%が「コンテンツのROIを特定するのが難しい」と回答しています。無数のタッチポイントの中から、「どの施策が売上に決定的な貢献をしたか」を単純に切り分けて証明することは、ほぼ不可能なのです。

この「証明の困難さ」が、「で、結局商談は?」という経営からのシンプルな問いに対する、マーケティング部門の深く、出口の見えない苦悩を生んでいます。

“対立”のメカニズム:3つの「設計ミス」

なぜ、同じ会社の仲間であるはずの営業とマーケティングは、これほどまでに見ている景色が違うのでしょうか。その答えは、彼らの「性格」や「文化」にあるのではありません。その根本原因は、極めてシンプルな3つの「設計ミス」に集約されます。

「測るもの(KPI)」「呼ぶもの(定義)」「動かし方(プロセス)」が、部門ごとにバラバラに設計されていること。 これが、対立の正体です。

1 KPIの非対称性: マーケティングはリードの「獲得数」や「育成数」といったファネルの入り口(横の広がり)で評価される一方、営業は「商談化数」や「受注額」といった出口(縦の深さ)で評価されます。見ているゴールがそもそも違うため、お互いの活動が噛み合うはずがないのです。

      2 定義の不一致: マーケティングが「有望(Qualified)」と考えるリードと、営業が「有望」と考えるリードの基準が、全く共有されていません。同じ「有望リード」という言葉を使いながら、頭に思い浮かべているものが全く違う。この「定義の不在」が、深刻なコミュニケーションロスを生んでいます。

      3 プロセスの断絶: リードの受け渡し(ハンドオフ)が、ルールに基づいた「設計」ではなく、場当たり的な「イベント」になっています。うまくいかなかった場合にどうするのか、つまり「差し戻し」や、一度失注したリードを再度温める「再活性化」のための公式なルートが存在しないため、リードは部門間の隙間で放置され、価値を失っていきます。

        この構造的な「ズレ」こそが、両部門の協力を阻み、不信感を生む温床となっているのです。

        買い手の期待という“不都合な真実”

        社内の対立構造に目を奪われている間に、私たちが向き合うべき最も大切な存在である「顧客」は、静かに、しかし劇的に変化しています。私たちが今すぐこの問題に向き合わなければならない理由は、社内の都合以上に、この顧客の変化にあります。

        「テンプレ営業」や「一斉配信メール」が、なぜこれほどまでに響かなくなったのか。答えはシンプルです。買い手が、自分を「個」として扱われることを、当然の権利だと考えるようになったからです。

        Salesforceが発表した2024年のグローバル調査は、現代の顧客心理を鮮やかに映し出しています。

        • 買い手の73%が、「企業は自分を一人の個人として理解し、扱ってくれている」と感じることを期待している。
        • しかし同時に、「企業は自分に有益な形で個人データを使ってくれている」と信頼しているのは、わずか49%に低下

        この数字が意味するのは、「私のことをもっと深く理解して、パーソナライズされた提案をしてほしい。でも、私のデータを勝手に、不気味な形で使うのは絶対に嫌だ」という、極めて繊細なバランスの上に、現代のビジネスコミュニケーションは成り立っているという事実です。

        この期待に応えるためには、マーケティングが掴んだ顧客の興味・関心(どのウェブページを、どのくらいの頻度で見たか)を、営業が正確に引き継ぎ、文脈を踏まえた対話を始めることが不可欠です。部門間の連携が取れていない状態では、この「最低限の期待」にすら応えることは不可能なのです。

        テクノロジーで「溝」を埋める選択肢、「ウルテク」というアプローチ

        ここまで見てきた営業とマーケティングの「溝」。その根底には、多くの場合「データの分断」という深刻な問題が存在します。マーケティングはMAツール、営業はSFA/CRM、広告は各媒体の管理画面…と、顧客データがバラバラの場所に保管され、お互いの活動が見えなくなっているのです。

        この「データのサイロ化」こそが、前段で述べた「KPI・定義・プロセス」のズレを助長します。手作業のCSV連携や週次の報告会では、変化の速い顧客の動きを捉えきれず、結局は感覚的な議論に終始しがちです。

        こうした構造的な課題に対し、テクノロジーを活用してアプローチする選択肢があります。その一つが、アカウントインテリジェンスツール「ウルテク」です。

        「ウルテク」は、単なるツールではなく、これまで述べてきた「溝」を埋めるための思想が組み込まれています。

        • 分断されたデータを繋ぐ: SFA/CRMに蓄積された既存の顧客データや営業リストと、自社サイトを訪れた企業の行動データ(インテントデータ)を統合。マーケティングが見ているWeb上の動きと、営業が持つ顧客の属性や取引状況を一つの場所で掛け合わせ、「今、どの既存顧客が、何に関心を持っているか」を可視化します。

        • 顧客の「意図」をAIで分析する: AIがサイト内外の行動データを分析し、顧客が「今、何に興味を持ち、何を求めているか」という”隠れたニーズ”を明らかにします。これにより、マーケティングはデータに基づいて「刺さるコンテンツ」を企画でき、営業は「〇〇に関心をお持ちのようなのでご連絡しました」と、根拠のあるアプローチが可能になります。

        • 部門間の「共通言語」を作る: 「ウルテク」が提供する客観的なデータは、営業とマーケティングの「共通言語」となり得ます。「リードの質が低い」という感覚的な不満は、「このセグメントからのリードは商談化率が低い」というデータに基づいた議論に変わります。これにより、両部門が同じ目標に向かって建設的な対話をする土壌が生まれるのです。

        もちろん、「ウルテク」は数ある選択肢の一つに過ぎません。しかし、これまで感覚論に陥りがちだった部門間の対立を、データに基づいた協業へと転換させる上で、こうしたテクノロジーの活用が極めて有効な一手であることは間違いありません。

        最後に|対立は“現象”。まず「知る」こと、そして「繋ぐ」こと。

        営業は「手応えのないリスト」に疲れ果て、マーケティングは「成果が見えないトンネル」で孤独に戦う。両者の間に横たわる、この根深い対立の谷。

        本記事で国内外の最新データと共に見てきたように、これは決して一部の企業だけの問題でもなければ、「あの部署の性格が悪いから」といった感情論で解決できるものでもありません。

        対立はあくまで表面的な「現象」です。その根本原因は、「KPI」「定義」「プロセス」という、組織の根幹にある「設計」の欠陥にあります。そして、その設計の欠陥は、多くの場合「データの分断」によって引き起こされ、増幅されています。

        では、どうすればいいのか。

        その問いに対する第一歩は、まず自分たちが立っている場所、つまり問題の構造を正しく「知る」ことです。本記事が、そのための地図となれば幸いです。

        そして次のステップは、分断されたものを「繋ぐ」ことへの挑戦です。それは、部門間の対話かもしれませんし、ウルテクのようなテクノロジーの力を借りることかもしれません。重要なのは、この根深い「溝」を放置せず、変化への一歩を踏み出すことです。

        この問題の正体が「個人の能力」ではなく「組織の設計」にあると理解できた今、あなたの会社が建設的な対話と協業を通じて、この「溝」に橋を架けることを願っています。


        【主要出典一覧】

        • Sansan株式会社「BtoBマーケティングと営業の連携実態調査」(2023年11月)
        • Forrester「Q2 2024 Sales And Marketing Alignment Survey」(2024年)
        • HubSpot Blog「State of Sales / Sales Trends 2024」(2024年)
        • First Page Sage「MQL→SQL Conversion Rate By Industry: 2025 Report」(2025年)
        • The Wall Street Journal (Gartner CMO Spend Survey 2024)「Marketing Budgets Fall to Postpandemic Low」(2024年)
        • Content Marketing Institute「B2B Content Marketing Benchmarks, Budgets, and Trends」(2024年)
        • ワンマーケティング株式会社「営業とマーケティングの連携に関するアンケート調査」(2025年1月)
        • Salesforce「State of the Connected Customer, 6th Edition」(2024年)

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