ABM
本記事は、専任のマーケティング担当者がおらず、広報や営業企画と兼務でリード獲得を担う「ひとり担当者」に向けて書かれています。リソースが限られる中で成果を出すためには、全方位への施策ではなく、受注確度の高い企業に絞り込む「ABM(アカウントベースドマーケティング)」と、その精度を高める「インテントデータ」の活用が鍵となります。大企業向けの戦略と誤解されがちなABMを、スモールチームがいかに実践し、組織的な営業成果に結びつけるか。その具体的な思考法とステップ、そして陥りやすい罠について、現場の視点を交えて詳述します。

目次
プレスリリースの原稿を書きながら、展示会の出展準備に追われ、その合間にメルマガの配信設定を行う。さらに営業部門からは「もっと質の高いリードはないか」と無茶振りが飛んでくる。
BtoB企業の、特に中小から中堅規模の組織において、こうした「ひとり広報・兼任マーケ」の状況は決して珍しくありません。やるべきことは山積みですが、体は一つしかない。当然、予算も潤沢ではないでしょう。そんな状況下で「マーケティングオートメーション(MA)を導入しよう」とか「コンテンツマーケティングでSEOを強化しよう」といった話が出ても、運用するリソースがどこにあるのかと途方に暮れてしまうのが本音ではないでしょうか。
ここで多くの担当者が陥るのが、広く浅く網を張ろうとして疲弊するパターンです。リソースが足りないからこそ、効率を求めてデジタルツールを導入するものの、その設定やコンテンツ制作自体に忙殺され、結局どれも中途半端に終わってしまう。
もし、あなたが今まさにそのような閉塞感を感じているなら、発想を転換する必要があります。「どうやって多くのリードを集めるか」ではなく、「どうやって相手にする企業を絞り込むか」という視点への転換です。
ここで登場するのが「ABM(アカウントベースドマーケティング)」と「インテントデータ」という概念です。これらは往々にして、潤沢なリソースを持つエンタープライズ企業が、大規模な組織攻略のために使う高度な戦略だと思われがちです。しかし、実は逆なのです。リソースがない「ひとり担当者」や「少人数チーム」こそ、この武器を持つべきだと言えます。
なぜなら、これらは「やらないことを決める」ための技術だからです。今、自社の商品やサービスを求めていない企業へのアプローチを一切やめ、その分の限られたエネルギーを「今、まさに求めている企業」だけに注ぎ込む。そのための選別眼を与えてくれるのがテクノロジーです。
本稿では、教科書的なABMの解説は最小限にとどめ、リソース不足に悩む現場がいかにして「攻め」の姿勢を取り戻すか、その実践論について掘り下げていきます。
まず、言葉の定義とその背景にある誤解を解いておきましょう。ABM(Account Based Marketing)とは、特定のターゲット企業(アカウント)を定義し、その企業に対して戦略的にアプローチを行うマーケティング手法のことです。
従来型のマーケティング、いわゆるデマンドジェネレーション型の発想では、広くリードを集め(リードジェネレーション)、育成し(リードナーチャリング)、選別する(リードクオリフィケーション)という漏斗(ファネル)のようなプロセスを想定します。これは「数撃ちゃ当たる」とは言わないまでも、母数を確保することを前提としています。
しかし、ひとり広報や兼任マーケターにとって、この母数確保の戦いは過酷です。大量のホワイトペーパーを作り、頻繁にウェビナーを開催し、広告予算を投じてリードを獲得し続ける。それができれば苦労はありませんが、現実には不可能です。
そこでABMの考え方が重要になります。ファネルを逆さにするイメージを持ってください。最初に「落としたい企業」を決めてしまうのです。

リソースが限られている組織において、ABMは「選択と集中」そのものです。日本のBtoB市場において、自社のサービスがフィットする企業は無限には存在しません。さらに、その中で「今」検討してくれる企業となると、さらに数は絞られます。
ひとり担当者が戦うための唯一の勝算は、無駄な戦いをしないことです。見込みの薄い数千件のリストに一斉メールを送って、開封率に一喜一憂する時間はもう終わりにしましょう。代わりに、受注すれば事業インパクトの大きい数社から数十社に狙いを定め、そこに対して手厚いコミュニケーションを行う。これが、リソース不足を逆手に取った生存戦略となります。
ただ、ここで一つ大きな壁にぶつかります。「狙うべき企業」をどうやって選ぶのか、そして「今アプローチすべきタイミング」をどうやって知るのか、という問題です。単に「売上が大きい企業」や「有名企業」をリストアップしただけでは、営業部門が昔からやっているターゲットリスト作成と変わりません。
そこで必要になるのが、データドリブンな判断材料です。ここで「インテントデータ」の出番となります。
インテントデータ(Intent Data)とは、直訳すれば「意図データ」ですが、マーケティングの文脈では「企業の興味関心や検討行動を示すデータ」を指します。
具体的には、ある企業がWeb上でどのようなキーワードを検索しているか、どのような技術記事を読んでいるか、競合製品の比較サイトを閲覧しているか、といった行動履歴の集合体です。これらは自社のWebサイトに来訪する前の行動も含みます。
通常、MAツールやアクセス解析で見えるのは「自社サイトに来てくれた人」の動きだけです。しかし、BtoBの購買プロセスの多くは、担当者が検索エンジンで課題解決策を調べたり、専門メディアで情報収集したりする段階ですでに6割から7割が終わっていると言われています。
つまり、自社サイトにお問い合わせが来た時点では、すでに競合他社の情報収集も済み、コンペの要件が固まっていることすらあるのです。これでは後手に回ります。
インテントデータ活用サービス(たとえば、Sales MarkerやFORCASなど)を使うと、自社サイトにはまだ来ていないが、自社の商材カテゴリに関連するキーワード(例えば「勤怠管理システム 比較」や「クラウドセキュリティ 導入」など)を頻繁に検索している企業を特定できる場合があります。
これは、広報・マーケ担当者にとっては「魔法の眼鏡」のようなものです。砂漠の中から水脈を探すようなテレアポやメール配信ではなく、「今、喉が渇いている人」がどこにいるかがわかる状態になるからです。

ひとり広報・兼任マーケの役割として、インサイドセールス(IS)やフィールドセールスへのリスト供給が含まれることも多いでしょう。ここで従来の「リスト」と「インテントデータ付きリスト」では、受け取る営業側のモチベーションが劇的に変わります。
「業種が合っているから電話してください」と渡されたリストと、「この企業は直近2週間で、競合の〇〇について調べている形跡があります。おそらくリプレイスを検討中なので、その切り口で電話してください」と渡されたリスト。後者のほうが、アポイント獲得率が高くなるのは自明です。
少ないリソースで成果を最大化するためには、マーケティング部門が「数」を追うのではなく、営業部門が「動きやすい情報」を提供することに価値を置くべきです。これが、組織全体としての生産性を向上させる最短ルートだからです。

ここまで読んで「なるほど、すぐにツールを導入しよう」と考えたなら、少し待ってください。テクノロジーは強力ですが、それを受け入れる土壌がなければ、単なる「高い経費」になります。実際、多くの企業でツールが埃をかぶっています。
まずはアナログな準備から始めることを強くお勧めします。

もっとも重要なのは、営業部門との合意形成です。ABMやインテントデータ活用は、マーケティング部門だけで完結しません。特定したターゲット企業に対して、最終的にアプローチするのは営業だからです。
よくある失敗は、マーケ担当者が勝手に「この企業が熱い」とリストを送りつけ、営業が「またよくわからないリストが来た」と放置するパターンです。これを防ぐためには、以下のような対話が必要です。
「過去に失注したけれど、タイミングさえ合えば受注できたはずの企業はどんな特徴がありましたか?」 「もし、競合製品を調べている企業がわかったら、どんなトークでアプローチできますか?」
こうした会話を通じて、「理想的な顧客像(ICP:Ideal Customer Profile)」を言語化します。業種、売上規模、エリアといった静的な属性だけでなく、「DX推進室が新設された」「中期経営計画で〇〇に触れている」といった動的な文脈も含めて定義していきます。
いきなり外部データにお金を払う前に、手元の名刺データや過去の失注リスト(ハウスリスト)を見直しましょう。そこには「一度は接点を持ったが、その時はタイミングが合わなかった企業」が眠っています。
まずは、そのリストの中から「理想的な顧客像」に合致する企業をピックアップするだけでも、立派なABMの第一歩です。その選抜されたリストに対して、まずは個別に丁寧なメールを送ってみる。あるいは、その企業のニュースをチェックして、お祝いの手紙を送ってみる。そうした泥臭い活動の手応えを見てからでも、ツールの導入は遅くありません。
ここで、あるBtoB SaaS企業でマーケティングと広報を兼務していたBさんの事例を紹介しましょう。
Bさんの会社は従業員50名ほど。営業マンは5名で、マーケティング専任はBさん一人でした。リードが足りないと経営陣から詰められたBさんは、話題になっていたインテントデータツールを導入しました。「これで検索行動のある企業がわかる、あとは営業に渡せば売れるはずだ」と考えたのです。
Bさんはツールから抽出された「興味度が高いと思われる企業リスト」を週に一度、CSVファイルで営業リーダーに送り続けました。しかし、1ヶ月経っても成果は出ません。営業リーダーに聞くと、返ってきたのは意外な言葉でした。
「いや、リストはもらってるけど、電話しても担当者に繋がらないし、そもそも何て言えばいいかわからないんだよね。今まで通りのテレアポのほうが慣れてるから」
Bさんは愕然としました。データはあっても、それを活用する「アクション」が設計されていなかったのです。営業は「興味があるはず」という前提で電話をかけますが、相手はまだ検索しているだけで、問い合わせをしたわけではありません。いきなり「検索しましたよね?」と言うわけにもいかず、不自然なアプローチになって警戒されていたのです。
そこからBさんはやり方を変えました。リストを丸投げするのをやめ、まずは自分がインサイドセールス役を兼務して(本当に多忙でしたが)、抽出された企業に対してどのようなアプローチが有効かを実験したのです。
「先日プレスリリースを出されていた〇〇の件で拝見しまして」と企業のニュースをフックにするパターンや、あえて課題には触れずに「業界動向のレポート」を送付するパターンなど、いくつかのトークとメール文面を試しました。
その結果、「興味関心データ」はあくまで「タイミングの示唆」に過ぎず、アプローチ自体は相手の文脈に合わせる必要があることに気づきました。Bさんはその「勝ちパターン」のスクリプトとセットで営業にリストを渡すようにしました。さらに、営業定例会議に同席し、フィードバックを直接もらうようにしたのです。
結果として、アポイント率は従来の3倍近くに跳ね上がり、営業部門からも「次のリストはまだか」と催促されるようになりました。ツールが成果を出したのではなく、ツールをきっかけに営業とマーケティングの連携が深まったことが、真の勝因だったのです。
ここまでABMとインテントデータの有用性を説いてきましたが、もちろん万能薬ではありません。読者の中には、いくつかの疑問や反論が浮かんでいることでしょう。ここでは、現場視点でのリアルな懸念に答えていきます。
最も危険な誤解は「ツールを入れれば自動的にリードが湧いてくる」というものです。インテントデータはあくまで「どこに獲物がいるか」を示すレーダーに過ぎません。実際にそれを捕まえるための「弾(コンテンツ)」や「腕(営業力)」がなければ、成果はゼロです。
むしろ、ターゲットが明確になる分、アプローチの質が問われます。汎用的な会社案内でお茶を濁すことはできなくなります。相手の課題に突き刺さる事例記事や、決裁者を説得できるロジック資料など、質の高いコンテンツを用意する手間は、むしろ増えるかもしれません。しかし、それは「誰に届くかわからないチラシ」を作る手間とは違い、確実な資産となります。
「リソースがないからABMをするのに、個別のコンテンツなんて作れない」という声も聞こえてきそうです。おっしゃる通りです。ここでの解決策は「使い回し」と「組み合わせ」です。
一社一社のためにゼロから資料を作るのは不可能です。しかし、ターゲット企業の業種や課題の傾向が似ていれば、基本となる「型」は使い回せます。導入事例も、似た業界のものをピックアップして「御社に近い事例があります」と添えるだけで、受け手の印象は変わります。
また、広報担当としてのスキルも活かせます。自社のプレスリリースやメディア掲載実績は、信頼性を担保する強力なコンテンツです。「先日、日経新聞に取り上げられた際の記事です」と添える手紙は、凝ったホワイトペーパーよりも経営層に届くことがあります。あるものを最大限に活用する、それがひとり担当者の戦い方です。
高度なABMツールやインテントデータサービスは、決して安価ではありません。月額数十万円かかるものもザラです。予算の限られた中小企業では決裁が下りないこともあるでしょう。
その場合は、ツールの導入ありきで考えないことです。ABMの本質は「ターゲットを絞り、リソースを集中させること」です。これはExcelとGoogle検索だけでも始められます。
まずは既存顧客の分析から「絶対に取引したい企業トップ20」を手動でリストアップする。その20社のWebサイトを週に一度巡回し、人事異動や中期経営計画の発表をチェックする。何か動きがあれば、それに合わせた手紙や資料を送る。これだけでも立派なABMです。
アナログでの成功体験(「狙った企業から受注できた!」という実績)ができれば、それを根拠にツールの予算申請を通すことも容易になります。まずは小さく、手作業から始めてみてください。
ひとり広報・兼任マーケターにとって、リソース不足は慢性的な悩みです。しかし、その制約があるからこそ、「すべてをやらない」という決断が可能になります。
ABMとインテントデータ活用は、単なるツールの導入ではなく、「戦う場所を選び、勝てる確率の高い場所に全力を注ぐ」という意思決定のプロセスです。
広報としての「伝える力」と、マーケターとしての「市場を見る目」、そして営業と連携する「調整力」。これらを総動員し、テクノロジーの力を借りて「狙い撃ち」をする。それこそが、多忙な日々を抜け出し、事業成長にダイレクトに貢献する道筋となるはずです。

まずは営業担当者の隣に座り、「最近、どんなお客さんが増えてますか?」と聞くところから始めてみてください。そこから、あなたの会社のABMは始まります。
Q1. インテントデータを使えば、コールドコール(飛び込み営業)は不要になりますか? A. 不要にはなりませんが、性質が変わります。全く接点のない状態での電話には変わりありませんが、相手が課題を持っている可能性が高いタイミングでかけるため、話を聞いてもらえる確率は上がります。いわゆる「ガチャ切り」される精神的負担は減る傾向にあります。
Q2. マーケティング専任がおらず、営業事務と兼任ですがABMは可能ですか? A. 可能です。むしろ営業に近い位置にいるため、営業との連携がスムーズに進む利点があります。まずは「営業が攻めたい企業リスト」に対して、手紙の送付やフォーム営業など、電話以外のアプローチを支援することから始めてみてはいかがでしょうか。
Q3. ターゲット企業を絞り込むと、リード数が減って不安です。 A. 一時的にリード「数」は減るかもしれませんが、商談化率や受注率は上がるはずです。経営層が見ているのはリード数ではなく売上です。「数は減りましたが、受注に近い案件は増えています」と報告できれば問題ありません。事前に「質の転換を図るため、見かけの数は追わない」と経営陣と握っておくことが重要です。
Q4. インテントデータは個人情報保護法の観点で問題ありませんか? A. 多くの主要なインテントデータ提供ベンダーは、企業単位のIPアドレスなどを用いており、個人を特定するデータ(個人名の紐づいた閲覧履歴など)は扱わないケースが一般的です。ただし、導入するツールの仕様や利用規約、自社のプライバシーポリシーとの整合性は必ず法務担当者等と確認してください。
Q5. ABMに取り組む際、最初に見るべき指標(KPI)は何ですか? A. 「ターゲット企業群(ターゲットアカウント)からの反応率」や「ターゲット企業との商談創出数」を見るべきです。全体のPV数やCPA(獲得単価)といった従来の指標で評価すると、ABMの効果を見誤る可能性があります。
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